その行動の先を観察してみて
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
毎日、どの人も、小さくても大きくても、何かしら行動をしています。
何もしないことも含めて、行動。
行動した先には、健康へプラスだったりマイナスだったりという影響が出てきます。
その時、その行動がプラスかマイナスかどちらでもないか、意外と簡単ではありません。
他の行動とのバランスもあるし、
環境や状況にもよるし、
その人のもって生まれた体質や性格もあるし、
行動の程度にも依る。
だから?
だから、一般的に「いい」とか「悪い」とか言われている評価にただ照らすよりも、
ずっと大事なことがあります。
・・・ その行動をとった先、その行動をやめた先に、自分にはどんな”感じ”がしているか。
そういう、いろんな行動のあとの”感じ”、これが大事。
人間の感覚は万能ではありませんけど、案外と的確です。
観察しようと神経を配れば、
・・・ 想像以上に身体の声が聞こえてきます。
・・・ 最初は正直な声が聞こえなくても、だんだん素直に聞こえてきます。
・・・ 聞こえるものも、きっと増えます。
そして、
データや知識も大事だけれど、それと同等以上に感覚も大事。
なぜって。
現代の科学では、データになっていないものもまだまだあります。
いつでも誰でも、データで説明できる標準的な状況にあるとも限りません。
そんな時、感覚も一つの便り。
だからこそ、感覚は磨いておきたい。
まずは、ある食べ物を食べた時。じーっと、観察してみて下さい。
・・・ 自分の身体が喜んでいるか。
・・・ どのくらい食べたら一番喜ぶか。
・・・ いつ食べたら、何と一緒に食べたら、
どんなスピードで、どんな状況で、どんな季節に、どんな頻度で・・・・
食べ物以外でもいいですね。
やってみると、意外と面白くなってくるかもしれません。
身体に、もっと感謝したくなるかもしれません。
そうなったら、知識の仕入れ時。
研ぎ澄まされた感覚があるので、今必要な知識を選べる。どの程度参考になるかも見える。
いわば、感覚とデータの融合。感覚と知識のコラボレーション。
知識に頼り過ぎないためにも、知識を毛嫌いしないためにも、
身体の観察、大事にしてみて下さいね。
毎日、どの人も、小さくても大きくても、何かしら行動をしています。
何もしないことも含めて、行動。
行動した先には、健康へプラスだったりマイナスだったりという影響が出てきます。
その時、その行動がプラスかマイナスかどちらでもないか、意外と簡単ではありません。
他の行動とのバランスもあるし、
環境や状況にもよるし、
その人のもって生まれた体質や性格もあるし、
行動の程度にも依る。
だから?
だから、一般的に「いい」とか「悪い」とか言われている評価にただ照らすよりも、
ずっと大事なことがあります。
・・・ その行動をとった先、その行動をやめた先に、自分にはどんな”感じ”がしているか。
そういう、いろんな行動のあとの”感じ”、これが大事。
人間の感覚は万能ではありませんけど、案外と的確です。
観察しようと神経を配れば、
・・・ 想像以上に身体の声が聞こえてきます。
・・・ 最初は正直な声が聞こえなくても、だんだん素直に聞こえてきます。
・・・ 聞こえるものも、きっと増えます。
そして、
データや知識も大事だけれど、それと同等以上に感覚も大事。
なぜって。
現代の科学では、データになっていないものもまだまだあります。
いつでも誰でも、データで説明できる標準的な状況にあるとも限りません。
そんな時、感覚も一つの便り。
だからこそ、感覚は磨いておきたい。
まずは、ある食べ物を食べた時。じーっと、観察してみて下さい。
・・・ 自分の身体が喜んでいるか。
・・・ どのくらい食べたら一番喜ぶか。
・・・ いつ食べたら、何と一緒に食べたら、
どんなスピードで、どんな状況で、どんな季節に、どんな頻度で・・・・
食べ物以外でもいいですね。
やってみると、意外と面白くなってくるかもしれません。
身体に、もっと感謝したくなるかもしれません。
そうなったら、知識の仕入れ時。
研ぎ澄まされた感覚があるので、今必要な知識を選べる。どの程度参考になるかも見える。
いわば、感覚とデータの融合。感覚と知識のコラボレーション。
知識に頼り過ぎないためにも、知識を毛嫌いしないためにも、
身体の観察、大事にしてみて下さいね。
精神衛生上いいのは
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
健康に関心がある方へ。
世の中には、健康に関しても、様々な情報があります。
・・・こんなに健康にいい食べ物がある、これは健康に悪い食べ物だ。
食べ物に限りませんが、食べ物の情報も多いですよね。
その時、無意識に、健康に「いい」か「悪いか」という”2択”で判断していませんか?
・・・ 決まってるじゃない、健康によいかよくないかしかないじゃん。
そんな声が聞こえてきそうです。
でも、どんなときにも正しい答えって、あるんでしょうか?
それに、いつも正しい答えを求めて実行するのって、ちょっとしんどい面も。
正しい答えかを考える前に、ちょっと考えてみて。
健康に関する情報に従って、自分でやってみようとしたら、
大抵は、健康に「いい」と「悪い」の間のことになりませんか?
え?どういうこと?
「身体にいい」とされるものも、
他の食べ物や行動とのバランスもある。
大量だったらむしろ害になる。
「身体に悪い」とされるものでも、
他の食べ物や行動と比べたら、まだベターかもしれない。
少量なら影響は小さい?(ものによりますよ)。
だったら、”2択”で考えない方が、結果として健康にいいのでは?
・・・ 「健康によくないことやっちゃった。じゃあもう、何やっても同じ」という、投げやり。
これ、もったいない。
ちょっとだけベターを目指したら、やけっぱちよりずっといい生活なのに。
・・・「健康にいいことだとしてもこれはやりたくない。じゃあもう、何もやらない」という、あきらめ。
これも、もったいない。
ちょっとだけベターを目指したら、あきらめよりずっといい生活になのに。
そういう、”ちょっとだけベター”は、精神衛生上もいいはず。
何もやってないわけでもない。
投げやりになってもいない、あきらめてもいない。
そして、少しずつ、すこうしずつ、ベターを取り入れたら、
それこそが健康にいい生活の道。
健康に関心がある方へ。
世の中には、健康に関しても、様々な情報があります。
・・・こんなに健康にいい食べ物がある、これは健康に悪い食べ物だ。
食べ物に限りませんが、食べ物の情報も多いですよね。
その時、無意識に、健康に「いい」か「悪いか」という”2択”で判断していませんか?
・・・ 決まってるじゃない、健康によいかよくないかしかないじゃん。
そんな声が聞こえてきそうです。
でも、どんなときにも正しい答えって、あるんでしょうか?
それに、いつも正しい答えを求めて実行するのって、ちょっとしんどい面も。
正しい答えかを考える前に、ちょっと考えてみて。
健康に関する情報に従って、自分でやってみようとしたら、
大抵は、健康に「いい」と「悪い」の間のことになりませんか?
え?どういうこと?
「身体にいい」とされるものも、
他の食べ物や行動とのバランスもある。
大量だったらむしろ害になる。
「身体に悪い」とされるものでも、
他の食べ物や行動と比べたら、まだベターかもしれない。
少量なら影響は小さい?(ものによりますよ)。
だったら、”2択”で考えない方が、結果として健康にいいのでは?
・・・ 「健康によくないことやっちゃった。じゃあもう、何やっても同じ」という、投げやり。
これ、もったいない。
ちょっとだけベターを目指したら、やけっぱちよりずっといい生活なのに。
・・・「健康にいいことだとしてもこれはやりたくない。じゃあもう、何もやらない」という、あきらめ。
これも、もったいない。
ちょっとだけベターを目指したら、あきらめよりずっといい生活になのに。
そういう、”ちょっとだけベター”は、精神衛生上もいいはず。
何もやってないわけでもない。
投げやりになってもいない、あきらめてもいない。
そして、少しずつ、すこうしずつ、ベターを取り入れたら、
それこそが健康にいい生活の道。
あなたが「健康でいたい」という想いの強さを測る方法は
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
質問があります。
ひとつ目。
あなたは「健康でいたい」という想いがありますか?
将来はともかく、ここしばらくは今の状態は維持したいなあ。
もうちょっとだけ、調子がよくなりたいなあ。
想いが強いにしろ、弱いにしろ、いろんな想いがあると思います。
「健康」の定義にもよりますが、想いがゼロという人はむしろ少ないかもしれません。
ふたつ目の質問です。
あなたのその想いの強さは、いかほどですか?
どのくらい強いかと言われたって比較のしようがないよ・・・。
ええ、とても強くて、「健康」と聞けば情報に飛びつくほどです。
そう、自分では強いとか弱いとか言えても、測るのは難しいですよね。
では最後の質問です。
あなたのその想いは、行動に反映されていますか?一番ずれている行動は何ですか?
行動に反映しています。「○○」を除いてね。
一番ずれているのは「○○」ですが、近い将来、改善しますよ。
人それぞれ、いろんな事情があると思いますので、善し悪しは言いません。
ただ、想いの強さって、本当の想いの強さって、行動に反映されるものだと思います。
逆に言えば、行動を見れば、「健康でいたい」という想いの強さが測れるということです。
但し、・・・。
もったいないことに、想いの強さが行動にうまく反映されないこともあります。
それは?
それは、
・間違った知識を持っている場合
・自分で行動のハードルを上げてしまっている場合
などなど。これはもったいない。
とっても、もったいない。
だから、「健康でいたい」想いの強さが、素直に行動に反映されるように、
「健康」の ”正しい知識” や ”より効果的な取り組み方” にも注目して欲しいな、と思います。
・・・ 当たり前のこと言うなよ、なんておっしゃらずに。
だって、”正しい知識””より効果的な取り組み方”としか言いようがありませんから。
当たり前のことが大事なんです ・・・。
質問があります。
ひとつ目。
あなたは「健康でいたい」という想いがありますか?
将来はともかく、ここしばらくは今の状態は維持したいなあ。
もうちょっとだけ、調子がよくなりたいなあ。
想いが強いにしろ、弱いにしろ、いろんな想いがあると思います。
「健康」の定義にもよりますが、想いがゼロという人はむしろ少ないかもしれません。
ふたつ目の質問です。
あなたのその想いの強さは、いかほどですか?
どのくらい強いかと言われたって比較のしようがないよ・・・。
ええ、とても強くて、「健康」と聞けば情報に飛びつくほどです。
そう、自分では強いとか弱いとか言えても、測るのは難しいですよね。
では最後の質問です。
あなたのその想いは、行動に反映されていますか?一番ずれている行動は何ですか?
行動に反映しています。「○○」を除いてね。
一番ずれているのは「○○」ですが、近い将来、改善しますよ。
人それぞれ、いろんな事情があると思いますので、善し悪しは言いません。
ただ、想いの強さって、本当の想いの強さって、行動に反映されるものだと思います。
逆に言えば、行動を見れば、「健康でいたい」という想いの強さが測れるということです。
但し、・・・。
もったいないことに、想いの強さが行動にうまく反映されないこともあります。
それは?
それは、
・間違った知識を持っている場合
・自分で行動のハードルを上げてしまっている場合
などなど。これはもったいない。
とっても、もったいない。
だから、「健康でいたい」想いの強さが、素直に行動に反映されるように、
「健康」の ”正しい知識” や ”より効果的な取り組み方” にも注目して欲しいな、と思います。
・・・ 当たり前のこと言うなよ、なんておっしゃらずに。
だって、”正しい知識””より効果的な取り組み方”としか言いようがありませんから。
当たり前のことが大事なんです ・・・。
調子が悪くなっていくことは不幸ですか?
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
調子が悪いって、辛いですよね。
調子が悪くなっていくって、しんどいですよね。
ところで、調子の悪さって、悪化していくことって、不幸でしょうか?
決まっているじゃない、不幸の極みですよ。
・・・ そんな声も聞こえてきそうです。
でもね、
違う見方もあるかもしれないと思うんですよ。
調子って、そもそも何かの「サイン」だと思いません?
・・・ うんうん。そんなうなずきも聞こえてきた。
そうすると、調子が悪いって、悪くなっていくことって、どういうことでしょう?
ご自身の体が、精一杯、サインを出している。出し続けている。そういうこと。
もしも、ご自身の身体が「サイン」を出してくださらなかったら?
何も生活を振り返れない、何もこの先に備えることができない、・・・ 何も考えるきっかけがない。
あれ、「サイン」が出ていることは、まだ不幸の極みでしょうか?
もちろん、調子がいいに越したことはありません。
でも、もしも調子が悪い、調子が悪くなっていくときには、
ある意”いい面”もあることを思い出したいものですね。
調子が悪いって、辛いですよね。
調子が悪くなっていくって、しんどいですよね。
ところで、調子の悪さって、悪化していくことって、不幸でしょうか?
決まっているじゃない、不幸の極みですよ。
・・・ そんな声も聞こえてきそうです。
でもね、
違う見方もあるかもしれないと思うんですよ。
調子って、そもそも何かの「サイン」だと思いません?
・・・ うんうん。そんなうなずきも聞こえてきた。
そうすると、調子が悪いって、悪くなっていくことって、どういうことでしょう?
ご自身の体が、精一杯、サインを出している。出し続けている。そういうこと。
もしも、ご自身の身体が「サイン」を出してくださらなかったら?
何も生活を振り返れない、何もこの先に備えることができない、・・・ 何も考えるきっかけがない。
あれ、「サイン」が出ていることは、まだ不幸の極みでしょうか?
もちろん、調子がいいに越したことはありません。
でも、もしも調子が悪い、調子が悪くなっていくときには、
ある意”いい面”もあることを思い出したいものですね。
『運動』って人工的ですか?
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
こんなこと、考えたことありますか?
人間も、動物の一つの種類。
だから、普通に生活していて不健康になるのは、おかしい!
なんで、ジムに行ったり、体操をしたり・・・、わざわざする必要があるの?
それって人工的でおかしくない?
でも確かに、何らかの「運動」を生活に取り入れないと、健康のバランスは良くはないみたい。
あなたは、なぜだと思います?
私も、理由は知りません(あれま)。
とはいえ、現代の生活が、”動物らしく”なくなってきているから、
”動物らしい”生活のバランスに近づけるために、「運動」が必要なのかな、と勝手に思っています。
だって、
パソコンやスマホを長時間使ったり、
会社に行って似たような姿勢が長かったり、
そもそも食料を作ったり採ったりもしないし、
毎日、乗り物にも乗るし、
・・・と、”動物らしい”とは言い難いことを挙げれば、内容は人それぞれでも、きっと切りがない。
それじゃあ、
「人工的な『運動』は、”動物らしい”生活のバランスを取り戻すための手段の一つ」
と思ったら、『運動』することもしっくりきませんか?
そして、
「”動物らしい”バランスになる程度に身体を動かすこと」
が目的なら、人工的になり過ぎて、やり過ぎたり、一部だけ使い過ぎたり、はちょっと変。
ほどほどの『運動』の考え方につながります。
あなたの『運動』観に新しい視点が加わって下さったら、嬉しいです。